今週は奇しくも「てつや」繋がり…
筑紫哲也が昨日死去されました。
ニュース23は開始から90年半ばくらいまでずっと見てたんだよな。
社会に出るようになってからはTV自体を見なくなったので、
見るのは時々になってしまったけど。
見始めたきっかけは「てつや」(苦)
字は違えど同じ名前なんだ~なんて思いながら、
夜更かし少女はこのニュースを見て、
オールナイトニッポンなんかを聞いていた訳。
頭の固いおっさんかと思えば、
番組の後半(多事争論の後くらい)は、
ニュース以外の企画やゲストのコーナーもあったりして、
なんだかんだで見るようになっちゃったんだよな。
おすぎと映画評論をやったり、
最近では「蛙男劇場」なんてものも取り入れたり、
構成は面白かったと思う。
思想といえば、
この人確かに思想が寄ってるところはあるんだけど、
どっかの生討論の司会者と違って、
押し付けはなかったと思う。
インタビューや対話の中でも、
相手と違う自分の意見を持っていたとしても、
相手の主張、言葉を引っ張り出せる。
かといって自分の意見を決して押し殺してはいない。
このスタンスは凄いなぁと思った。
報道って本来は事実を伝える役目が第一で、
伝える際には私情をはさんではいけないんだと思う。
これがニュース。
で、ニュースにまつわる私論や世論への訴えはコラムであったり、
ニュースとは切り離して伝えるのがジャーナリズムなんだと思う。
あのニュース23は番組構成でこれをうまく切り分けていたんじゃないかな。
最近のニュースは下手にコメンテーターなんかがいるから、
ワイドショー化しちゃって、
視聴率稼ぎに世論を扇動しようという雰囲気が見え見え…
キャスター自体が踊ってる番組が多いんじゃないかな。
本来当たり前なんだから勧善懲悪のニュースコメントなんて必要ないし…
っと言いたいとこですが、
昨今は常識ってものがあいまいになってるから
こういうコメントが主流になるのかな…
ニュースを見て考えるってことが廃れてきてるのかな。
それともTVがそれを廃れさせてるのか…
私がネットでニュースを見るようになったのは、
TVが煩わしくなったからだろうな…
さて、ついでに先生の話も書くかな。
今週は日が経てば経つほど凹んだな。
曲の販売自粛、リクエスト受付の規制…
確かに悪いことした奴の曲を公共の場でかけたり、
番組企画で取り上げるのは社会的に問題かもしれない。
自粛はわかる。
でもさ、リクエストの受付や、カラオケの選曲、
既存商品の購入は個人の意思じゃん。
それを社会的に排除するのはどうなんだ?
既存のものにまで規制をかけるのは
ある意味「思想の自由」「言論の自由」を奪ってないかい?
イメージややり方を押し付けるやり方はやっぱり腑に落ちない…
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